紋浪ちゃんの覚え書き

気になることとか拙い和訳とか

「薬の神じゃない(我不是药神)」を見てきた。

 

 

久しぶりにとんでもない映画を見てしまった。

 

中国の映画で、邦題が「薬の神じゃない」という映画。

 

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これが、もうとんでもなく、素晴らしかったのだ。

 

興奮冷めやまないし、どうにもならないくらいに感動したから今日はこの映画について書いていこうと思う。

 

結構なネタバレを含むので、この予告見て視聴したいな、と思った人はこの予告より下の記事は読まないでね!

 

 

あらすじは簡単で、

舞台は2002年の上海。

父親は要介護。

妻には三下り半を叩きつけられ、別居中。

挙げ句の果てに最愛のたった一人の息子は元妻の新しい外国人の結婚相手のいる国に移民寸前。

仕事は、上海の下町のラブホテルの隣で怪しさ満点のインドの精力剤、滋養強壮剤を売っている。

 

まさに、人生半分以上終わった、人生詰んでる一人の中年男が主人公の程勇である。

 

人生半分終わってて無気力に、やるせない怒りをあちこちにぶつけてまわるだけの生活を送っていた程勇のところに、

一人の白血病患者が訪れるところから物語は始まる。

 

彼の名前は呂受益

彼は、程勇にインドのジェネリック白血病治療薬の輸入を依頼する。

中国で認可されているスイスの白血病の薬は一ヶ月分なんと4万元。

これを当時のレートで計算するとなんと約60万円だ。

しかし、インドで製造されているジェネリックは薬効そのままで価格は2000元(3万円)だという。

 

最初は依頼を拒否する程勇であったが、父親の急病で高額の手術費用を工面するために依頼を受けることにする。

 

インドに行ってみると、卸価格はさらに安く500元(8000円)だという。

程勇はこの薬を中国に持ち帰り、一つ5000元(7万5000円)で売り払うという暴利を貪る商売を始めることにする。

 

そこに娘が白血病患者で、治療費のためにナイトクラブでストリップダンスを踊る劉思慧。

 

病気になったため口減らしで農村の両親に追い出され上海にたどり着いた金髪の不良少年彭浩

 

白血病患者の心に寄り添う英語の喋れる教会の神父の劉牧師。

 

などなど境遇も生まれも何もかもがバラバラな5人が集まって、インドのジェネリックの転売商売が走り出す。

 

程勇にとって純粋に金儲けのためだけに始めたインドのジェネリック白血病治療薬の輸入転売であったものの、

白血病患者たちは次第に程勇を「薬の神」としてありがたがるようになる。

 

程勇はその過程で最も大切なものを手に入れた。

 

「自分の存在する意味」である。

 

それは彼だけでなく、この五人すべてに言えることだろう。

 

社会の底辺で孤独にもがき苦しんでいた五人。

 

白血病患者の呂は、薬を安く手にすることができるようになったことで、生きる希望を手に入れた。

ストリッパーとして歯を食いしばっていた劉思慧は、意地悪な店のボーイにやり返して誇りを取り戻した。

家族に半ば捨てられ、自暴自棄に上海で彷徨っていた彭浩は仲間と人の温もりと、居場所を手に入れた。

衰弱していく白血病患者を見守ることしかできなかった劉牧師は実際に白血病患者を救う手段を手に入れた。

 

特に、劉思慧がボーイを札束で殴って、今までボーイが自分にやらせていたストリップをやらせるシーンに見せた

晴れやかな笑顔。

誇りを取り戻した人間そのもののスッキリとした顔をしている。

 

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五人は上海の端っこで、それぞれにとって欲しかったもの自分に足りなかったものを手に入れることができたのだ。

 

この映画の舞台となった2002年の中国では、まさに映画の中で語られるように、

 

「命就是钱(命は金)」

 

の世の中で、高い薬が買えない人々は死んでいくのを待つしかなかった。

 

1ヶ月分で70万近くする政府に認可された薬とインドの原価8000円程度の薬が薬効がそっくりそのまま同じなのだ。

 

これを取り締まることは、多くの貧しき白血病患者たちの生きる道を閉ざすことになるのではないか。

 

程勇たちを取り締まる警察たちも戸惑いを深めていく。

 

程勇は、警察の追跡と捕まれば懲役20年という重罪を恐れて、途中で悪徳業者にインドの薬の販売権を譲渡し、

仲間たちとも縁を切る。

 

ジェネリックの密輸で儲けた巨額の金を使って紡績工場を起こし、事業家として成功を収めていく。

 

しかし、その一年後自分を引き継いだ業者が患者の足元を見て値段を釣り上げ、患者の恨みを買って密告されたことで、

インドのジェネリックの供給路が閉ざされたことを知る。

 

そのことにより、大事な仲間の呂が命を落としたことをきっかけに、

今度はインドの卸価格の1瓶500元で薬を販売し始める。

 

輸送費や仕入れにかかる費用はすべて程勇の持ち出し。

 

純粋に白血病患者のために危ない橋を渡り続け、薬を患者に運ぶ姿はそっくりそのまま薬の神だ。

 

純粋に金儲けのためだけに違法なジェネリックの密輸に手を出した男が、本人でも気がつないうちに「神」へと姿を変えた。

 

この映画には中国の「格差」が色濃く描かれている。

 

そして映画の中に散りばめられた格差にはやはり本国中国人たちの方が敏感に気づいている。

 

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作中最も感動的なシーンであるカーチェイス

彭浩が無謀にも程勇の車を奪い、彼の身代わりとして警察の前に躍り出るシーンでは、

「彭浩は教養も学もなくて、それでも程勇のことを守りたくて、自分の方法をとって行動に出たんだね・・・・」

というコメントがついた。

 

考えてみれば、警察の前に自分が躍り出て程勇から警察の気を逸らすなんて馬鹿げた計画だけど、学がなく権力との闘い方を知らない彭浩は結果的に命を投げ出すことでしか程勇を守れなかったのだ。

 

教養や学がなくて、自分の中にある手段しか選べないことは他の登場人物にも同じことが言える。

 

劉思慧は程勇と行為に及ぼうとするシーンでも、娘が白血病でお金が必要な時その手段として己の女としての肉体を使ったストリッパーという手段しかなかった彼女は程勇への感謝を伝える手段がセックスしかなかったのだ。

ボーイにやり返して誇りを取り戻しても根本的には男に体を売り渡すところから抜け出すことができていない。

 

「この世の病はただひとつだけ。『窮病(貧しさ)』さ。この病に治療法も薬もない」

 

お金がないなら高い薬は買えない。

薬がないなら白血病が自分の体を喰らい尽くすのを待つしかない。

 

命は割り切れない。

 

だから人々は程勇の薬に手を伸ばした。

 

彼らは何もしないなら死ぬのを待つしかないのだから。

 

この映画は単純に貧乏で薬が買えない人を救う話ではなく。

 

まさに中国の貧しきものの姿、格差を剥き出しに描いた映画であったように思う。

 

それにしてもラストまで圧巻。

 

映画初旬の方で薬を買いに来た患者たちに

「マスクを外せよ。気持ち悪いなあ」

と極度に免疫が弱る白血病で感染を恐るしかない彼らにまるで無配慮な言葉を投げつけていた程勇に対して、

最後は中国中の白血病患者が護送される彼に尊敬の意を示すためにマスクを外して行くのだ。

 

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そして劇場から出た後、ポスターの意味を知る。

 

 

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マスクをとって笑い合う白血病患者と程勇。

 

作中に叶わなかったものの、これこそが程勇や彭浩、そして呂受益が欲しかった光景なのだと。

 

それがわかったから呆然とまた私は泣いてしまったのだ。