どうすればよかったのだろう、と今でも考えることがある。
大学三年の前期までかけがえのない友人がいた。
同じサークルの男の子。
大胆不敵な不謹慎な時事ネタを絡めたギャグが得意で、美しい上方弁を操り客席を魅了する喋り。
高座の上の彼を今でもたまに思い出す。
金の屏風に赤毛氈。
紫色の座布団の上に座る威風堂々としたその姿はもう二度と見ることができない私が守りたかった光景だ。
私と彼は親友ともいうべき関係で、何回か一緒に他の仲間も連れ立って国内外を旅行したり、落語を見にいったりもした。
気分の上下の激しいやつだったけど、気のいい優しい人間で私たち落語研究会の同期は彼のことをそれなりに大切にしていた。
みんなが彼を好きだったし、彼の気まぐれや時より発症する不機嫌も呆れながらも許し、私たちの間は心地よい関係で満たされていた。
大学三年になって就活のことがちらつき始めたあの頃、彼はとある地域インターンに応募した。
もともと行政に興味があった彼にとっては、非常に魅力的な内容だと、嬉しそうに彼は話して聞かせた。
就活なんて頭になくて呑気だった私たちは、
「がんばれー」
といつもの調子で彼のことを応援していた。
でも、インターンが始まってからはどんどん落研に来なくなった。
講義なんかで顔を合わせてもなんだかよそよそしくて、変なことを言い始めた。
「何も考えんと毎日過ごせるとかあのひとたち(落研の同期)は何考えとんのやろ」
明らかに見下したような口調。
彼はインターンの部署分けで少々大変な部署になったらしいが、それなりにやりがいがあるところで、上司がすごく素晴らしい人だと活き活きと話していた。
それから一ヶ月ほど経過すると、彼は落研の活動に全く参加せず、授業もたまに休むようになった。
その頃、一度彼とご飯を食べにいったことがあった。
もう、彼はインターンの話しかしない。
私は何だか怖くなって、
「ねえねえ!次の公演なんのネタやる?」
と聞いてみた。
そう私は彼の落語が大好きだった。
同期だってそうだ。
多分当時の私は彼をなんとか引き戻したかったのだと思う。
「あー、それなあ。あげへん(落語をやらないこと)かもしれへんなあ。インターンで忙しいし上司の人が…」
また始まるインターンの話。
彼はインターンの話をする時必ずそのインターンの上司を持ち上げた。
そして、必ず誰かを見下していた。
彼の上司は、彼がその上司の下に配属になった時、
「俺のところに来たお前らは正解やで。
ぶっちゃけ今回のインターン、俺のところ以外に行っても無駄なようなもんや」
と、豪快に笑ってみせたらしい。
彼はよくその上司から褒められるらしく、
その上司から褒められた日は機嫌が良くて、その話を何度もしてみせた。
私と同期はそんな彼を何とか落研に引き戻そうと必死だった。
別に無理にネタをやって欲しいわけじゃない。
部活にも何も言わずに来なくなって、LINEも返信がない。
今まで一度も欠かさず公演のたびに新ネタをやって来たし、活動もしっかりしてたのに一体どうしてこんなふうに私たち同期から逃げ回っているのか。
私たちはただ彼に向き合って欲しいだけだった。
三年も一緒にやって来た仲間だ。
それくらい贅沢でも望み過ぎでもないだろう。
別に、狭い部室にも、学生会館の小ホールの高座にも、殻を閉じ込めたいとは思わなかった。
ただ、もう一度華やかな彼の落語が見たかった。
不安定な心を自らで飼い慣らすことができずに、煩悶してる姿を、みんなで支えながら最後の高座に登って欲しかった。
誰かのことを、無能と蔑み、笑う彼をこれ以上見ているのは嫌だった。
不器用ながらも繊細さの残る、そういう姿をもう一度。もう一度。
その為であれば、部内で自分がどうなろうとよかったし。
彼が復帰すれば、私たち同期はまた昔のように最高な仲間になれると信じていた。
その年の4月、私は一人の同期がさっていくのを止められず。
私の胸の中には、彼だけは止めなくてはならない。
と、半ば執念のような想いが渦巻いていたのである。
「一緒に引退しようよ」
何度も、何度も、呪文のように自分に言い聞かせるように彼にそう言ったけれど…。
ある日、授業の合間に食堂でご飯を食べてる時、私がその台詞を口に出した途端。
「うざいわ。何回それいうの?
あなたが引退に出たいのは自由ですが、
僕を巻き込まないでください」
と、突き放されてしまった。
「でも、でもね?
みんな君の落語が好きだよ!
二回生の時、みんなで引退しようって言ったじゃん。
一回生の時から引退の高座は風うどんやるって、決めてたじゃん。
台本だってあるでしょ。
どうして、この何ヶ月だけで全部をひっくり返しちゃったの??」
「時間の無駄やったわ。
三回の今気付けて、まだラッキーやったわ。
○○さんが教えてくれてんか…………」
時間の無駄やったわ。
時間の無駄やったわ。
頭の中にガンガンとこだましたその言葉は、響くたびに容赦なく私の何かを崩壊させた。
「そういえば、紋浪合宿行かへんよな??」
限界だった。
「なんで??私がいくか行かないか、あんたに関係あんの?」
思わず口にした。
それは最初の反逆だった。
「あんな馬鹿馬鹿しいところ行かんでええやろ。中国語とか勉強しといた方が有意義なんちゃう?」
そう。
目の前のこの人は、一人で抜けるのが怖いから。
道連れを探してただけだったんだ。
みんなで一緒に引退したい。
なんて夢を持った私に、自分が引退公演で高座に上がる、という餌をちらつかせて、ずるずるとそちら側に引きずり込もうとしてるんだ。
さあっと、爪先まで血の気がひいていくのがはっきりわかった。
「合宿行かないなら引退あげられないんじゃないの??」
最後の賭けで聞いてみた。
「台本は入ってるし、今でもざっとできるで。
ただ、こっから詰めてやってくのはだるいなあ」
だるい、なんて今まで言うことなかった。
その言葉にもめまいがした。
その夜、誰もいない部室に彼の高座の映像を見に行った。
真っ暗な部室に、パソコンの光だけが煌々としていて、私の笑い声と、パソコンの音だけが響いていた。
私は普通に楽しんでその映像を見ようと決めていた。
これでもう二度と彼の落語を見ることは出来ないと思ったから。
そしてそれは現実になった。
私の夏の合宿参加を知った彼は烈火の如く激昂し、顕限りの暴言を投げつけ、
「ほんまに価値のないことに3年費やしたわ。もう縁切りたいわ」
と吐き捨てた。
でも、もう何も思わなかった。
だって私には残る者として、それなりの戦いが待っていたのだから。
私の夢も生きがいも、私自身でなければならない。
みんなで一緒に、なんてものに私がすがって、固執したから、こんな無茶苦茶なことになってしまったのだ。
じゃあ、私はなんでそんなものを夢中で求めていたのか。
それは私個人に自信がなくて、無意識に一人で勝負に出ることから逃げていたのだと思う。
だからこそ、私が叩きつけた答えは、
「引退公演でやりたいネタでトリをやる。」
その先の諍いや、争いや、やりとりは確かに辛かったけど。
それでも、前ほど辛くなかった。
だって、私が決められるのだから。
私が私をどうするのか。
私が私が何をするのか。
その決定権を持っていて、
私がそうしたいからそうするってことを言って、それに向かって走ることは楽だった。
そして、紆余曲折と数え切れないほどの回数の号泣を経て、
私はトリでやりたいネタで引退公演の高座に登ることを勝ち取った。
「みんなでとか言ってたのにそんなんどうでもよかったんやな。
結局紋浪は、自分一人幸せならそれでいい人なんやね。
あなたのみんなで一緒にってなんやったん?
振り回されてこっちは大迷惑やったわ。」
久しぶりにそう言われて、なんとなく悲しかった。
本当は、。
本当はね、みんなで笑って引退できるなら、私前座でもよかったんだよ。
それが一番幸せだったんだよ。
きっと他の同期だってそう思ってたよ。
でもそれを踏みつけてズタボロにしたのはあんたの方じゃないか。
言いたいことを飲み込んだ。
そんな言葉を今言っても、もう全て後の祭り。
もうどうにもならない。
引退公演は、翌日に迫っていたのだから。
「そうかもしれないね。」
ひとしきり彼の言葉を受け流して、電話を切った。
自分の幸せ。
私が、高座に上がる時、同期全員で出囃子を引いてくれた。
下座表をみて少し泣いた。
ああ、迷惑かけたなあ。
勝手に彼と私を被害者にして壁を作って、
だいぶん長い道をすれ違って遠回りしちゃったなあ。
大事にするべきものを何も大事にできてなかったなあ。
私は私の夢を叶えて、これ以上とない幸せを享受し、そのまま夢見心地で惚けてしまった。
その直後に撮った写真は、きっとみんないろんな思いがあったけどそれでもいい顔で笑っていたのだ。
ハッピーエンドだ。
これは、ハッピーエンドなんだ。
意地で言ってるわけじゃない。
負け惜しみじゃない。
これは、ハッピーエンドなんだ。
これ以上のハッピーエンドがあってたまるもんか。
後悔なんてひとつもない。
でもそれでも。
たまに考えることは、彼を高座から連れ去ってしまったものはなんだったのか。
○○さん。
名前のない大人。
自分の元にこない人間を無能といって、笑って、顔も見たこともないその人を、少しだけ憎いと思う。
もちろん、責めるべきは20を超えても信じる対象を正しく選び取ることもできなくて感化されやすい彼だったけど。
そうは言っても、1発くらいお見舞いしてやりたいのが本音なのだ。
そう思うくらい、許してくれよ馬鹿野郎。
まだ同期全員での引退を全員が夢見ていたあの頃、いつも中心にいたのは彼だった。
お正月には、徒歩で同期全員の下宿先に年賀状を届けてくれた。
かつて彼は同期と落研を愛していたことだけは疑わないし事実だと信じてる。
年も明けて遅れた大掃除をしていたら、出てきた2017年酉年の年賀状を持ってぼんやりとした1日を過ごした今日。
久しぶりにそんなことを思い出してしまった。