雨である。
今日の棗庄は雨が降っている。
大事件だ。
というのも、ここ棗庄は中国の北方に属していて一年通して雨が少ない気候なのだ。
勿論梅雨もない。
だから一度雨が降ると、水はけというものを考慮に入れていない道は一気に水浸しになる。
こんな日にスリッパで外に出ようものなら足は一気に泥だらけになるし跳ねた泥がふくらはぎから膝まで容赦なく張り付いてくる。
同居人も殷くんも雨は大嫌いらしく、今日は見るからにテンションが低い。
ちなみに私は雨が結構好きだ。
でも傘が嫌いだ。日本にいた頃は雨合羽族だった。
どんなに激しい雨の日でも傘をささずにチャリ通していたためいつしか雨の日は「自衛隊」とか「軍人」とか訳のわからんあだ名がついたりもした。
そんな私のどうでもいい話はさておいて。
HSKまで20日を切った私は割と殺気立って勉強してるんだけど2人はN5に合格して気が緩み切ってる。張くんに至っては授業に来なくなった。
今はN4の授業をしているんだけどなんかどうにも気合が入っていない。
彼らは10月から日本に行くんだけど日本に行ってから一年から一年半以内に殷くんと張くんはN1に、劉ちゃんはN2に合格しないといけないらしい。
なのにN5に受かったからってなんでそんなに気を抜いていられるのか甚だ疑問だ。
だってN1だよ?一番難しい級に受からないといけないんでしょ?
今目の前にいる私が未来の自分たちが受からないといけない語学の一番難しい級の勉強で死にそうになってる姿を、どうして未来の自分に重ね合わせて焦らないでいられるのかものすごい疑問だ。
受からなかったら帰国するしかないらしいけど、私は早くも彼らの未来に暗雲立ち込めてるのが見えてきてかなり心配だ。
「もう試験から3週間近く経つんだしそろそろ切り替えてしっかり勉強しなきゃ…」
って言うんだけど、なかなか気持ちのいい返事が返って来ない。
そんな彼らだけど、今日私がひっきりなしにパソコンを見ながら何かを書き写してるのをみて、
「なにしてんの?」
と殷くんが聞いてきたところから今日のお話は始まる。
以前買った問題集が解答が付いてなくて、ネット上に上がってるのをダウンロードして見る形式だったんだけど、印刷の仕方がわからなくて仕方ないからリスニングのスクリプトを手書きで写して反復練習に使っていたのだ。
ただ、いかんせん量が各問題500字くらいあるから時間がべらぼうにかかる。
中学の頃友達とエッチな電子書籍を大学ノートに手分けして書き写して貸し借りしたのを思い出すよね。(そんなことはない?)
私がなにをしてるか把握した同居人と殷くんはひとしきり大爆笑したあと印刷屋さんに連れて行ってくれた。
以前私も印刷しようとしたけどやり方がわからなくてできなかったし、
佐藤さんに頼んだこともあったけど佐藤さんでもやり方がわからなくて結局諦めたんだ!
と主張する私を雨の中強引に引っ張って行く同居人と殷くん。
印刷屋さんに入るならネットから該当する解答を引っ張ってきたのはいいもののなにやら苦戦してる様子。
やっぱり結構ややこしかったみたいで15分くらい手こずってた。
で、印刷が始まったんだけどこれが、
量がおかしい。
あまりの量に同居人も殷くんも驚いてる中で、私だけはああ、佐藤さんの家で印刷しようとした時出来なくてよかったなあ。と的外れなことを考えていた。
この量!
私の男らしい太い腕が写り込んでるのは無視してくれ。
全部で260枚
もあったよ、びっくりした。
もうこんなにあるなら頼むから冊子にして売ってくれ。
私が買うから。
でも、もっと驚いたのはこれだけ印刷して料金が26元(500円くらい)だったこと。
日本のコンビニの1枚10円が染み付いてる私はしばらく開いた口が塞がらなかった。
とにかく、この冊子のおかげで不毛な書き写し作業から解放されて私は多大な時間を有効活用できるようになってとっても嬉しい。
2人には丁寧にお礼を言った。
そのあと家に帰って授業を始めたんだけど休み時間に同居人に一本の電話がかかってきた。
そこから見るからに同居人の機嫌が悪くなった。
そして見るからに構って欲しそうにため息をついている。
ああ、またかよ!まただよ!
いいよ!付き合うよ!
「どうした?」
「彼氏がエジプトに行くことになった。」
ん?それは本当のことなのかい?
体良く嘘つかれて捨てられかけてるのでは?
と、心の汚れきった私が良からぬことを考えてるのを察したのか、
「本当だもん!国際協力の仕事があるんだもん!前もアフリカにいってたもん!」
と、トトロいたもん!のテンションで怒鳴られてしまった。
なんだろ、頑張ってほしい。
もう私から君に言えることはそれしかないや。
君のカレピッピがどこに行こうといいじゃないかいるんだから。
私の彼氏はどこにいるんだ!
否、どこにもいないんだよ!
それでも頑張って生きてるんだ!
お前も頑張れ!気合い!そして根性だ!それさえあれば世界は変わる!人生!
と、心の中で特に意味のないことを絶叫したあと、めそめそしながらやけ食いする同居人を横目に出来立てホヤホヤの解答冊子を使ってひたすら勉強。
同居人いわく、中国人は辛いことがあったらとにかく食べるらしい。
その言葉通り同居人は、今日1人で夜の9時からカップラーメンを三袋ポテトチップス一袋、アイスにゼリーを平らげた。
一緒になって食べたい衝動に駆られたがここで欲望に負けたら、堕落の一途をたどることがわかっているので踏みとどまった。
さて、そんなわけで勉強にも飽きてきてぼんやりしているとなにやら変な匂いがする。
視界が曇ってる。
なんだこれは。
恐る恐る立ち上がると台所からものすごい煙が出ている。
そして鍋から立ち上る炎。
「劉ちゃん!」
名前を呼ぶと返事がない。
自分の部屋でイヤホンで音楽を聴いてるようだ。
とりあえず電子コンロのスイッチを切って、火を消し止めてから、
「火事だよ!何を煮てたの!」
とイヤホンを取り上げて言うと、ようやく異変に気がついた様子。
ものすごい速さで台所に走っていった。
ちなみに煮込んでいたのは漢方薬だった。
故に我々の部屋にはわけのわからない強烈な匂いが充満している。
直ちに換気を始めた。
虫が入ってくるか心配だったけど流石の虫もこの匂いが不快なのか全く入ってこない。
お向かいの韓国人が明日もしも騒音じゃなくて異臭で文句言ってきたらその時は素直に謝る(同居人が)。
昨日、火事って単語を勉強しながら、
こんなん使わねーよ。
と思ってたバチが当たったのかもしれない。
まあなんにせよおおごとにならなくて本当に良かった。
にしても彼氏が海外行くのでボヤだったら、
これが別れでもしたらどうなるんだろう。
頼むから私と住んでるうちは頑張ってくれ同居人の彼氏よ!
私の命は君にかかっとるぞ!
そういうわけで同居人の彼氏にエールを送ったところで、今日はこの辺でお休みなさい。