最近ダメだ。勉強は身に入らないし、周りの大人に甘えまくって散々醜態を晒している。
こんなことではいけない。
なんとかしなくては。
この甘えきった学生根性を叩き直す何かが必要だ。
というわけで先輩に相談することにした。(ここで自分で考えないところがすでに甘えている。)
「と、いうわけでどうしたらいいと思いますか私!」
「とりま、《何者》みとけ!」
「うーっす!」
と、いうわけで軽いノリで見たのがこれ。
ごめん。
しんどい。
この一言に尽きる映画だった。
先輩から勧められた時、原作は朝井リョウで主題歌が米津玄師という、最近ホットなの全部詰め込んだぞ!ほら!見ろ!ってのが。
なんかこう、ひねくれた私の感情を刺激して見たくないなー、と漠然と思っていた。
が、見始めてわかった。
先輩が私にこれを見ろと言ったわけが。
と、いうわけであまりの辛さに奇声をあげるわ泣き始める私に同居人は水を運んだり心配したり大変そうだったけど、なんとか見終わったから感想書いていく。
ネタバレあるよ。
きをつけてね。
この映画は5人の就活生を描いた群像劇。
この5人というのが、
①ツイッターではいつもポジティブ頑張ってるアピール。カンボジアに学校立てたり、ニューヨークに留学したりしてる意識高い系国際系大好きな意識高い女子、小早川理香
②バンド引退してなにしたいかよくわからんけどずば抜けたコミュ力と要領の良さを持ってるノリのいいスクールカースト高い系男子、神谷光太郎
③真面目で可愛くて、家族を支えるために就活もしっかり必死に頑張る健気女子、田名部瑞月
④コラム書いたり、クリエイティブな活動に精を出して就活をバカにしてる似非クリエイター系男子、宮本隆良
⑤そんな全ての人を達観して分析してる傍観系男子、二宮拓人
このすごいところは見てる人の全部がこの5つのどれかに絶対に当てはまるところだ。
この人!ってぴったり当てはまらなくても、絶対に自分の持ってる嫌なところが見えて来る。
ちなみに私は、
「①と⑤の嫌なところをミックスして倍増させた感じだな!死のう!」
となった。
物語はこの⑤の男子、二宮拓人くんを主軸に展開する。
彼とパリピバンドコミュ力男子神谷光太郎くんはルームシェアをしていて、2人はひょんな事から同じマンションの上の階に住んでいる、
意識高い系国際大好き女子、小早川理香と似非クリエイティブ男子宮本隆良カップルの部屋に出入りするようになる。
「この部屋を就活対策本部にしようよ!」
と無邪気に言う小早川理香。
そしてそれぞれの就職活動が始まるのであった。
大学時代というのは、期間限定でなりたい自分になれる、という人生で一番楽で幸せな時代だと思う。
バンドが好きな光太郎はミュージシャンになれたし、
国際的に華々しく活躍したい理香は留学したり途上国でボランティアをしたりして憧れの、世界を股にかける自分になれた。
同じく国際系に憧れる瑞月はニューヨークに留学してホストファミリーに囲まれて楽しい生活を送ることができた。
拓人は役者になり脚本家になることができた。
そう、大学時代は特別だ。
なりたい自分を演出して、そうなることが信じられないほど容易な時代なのだ。
そして、就活ではそんな甘美で素敵な時代に自ら幕を下ろし、特別な自分から平凡で残酷なほど自分の能力に見合った社会歯車に自分を変えていかなければならないのだ。
かくいう私も、大学時代は落語家になり、憧れの中国で働いて、なりたい自分になることはできたが、このインターンが終わったらリクルートスーツを着て、髪をくくりなりたい自分からならなければならない自分へ自分を変えていかないといけない。
この映画は大学時代の終わりに、
手に入れたなりたい自分を手放して、ならなければならない自分になれる者となれない者の分断を就活という題材の上で描いている。
光太郎と瑞月はなりたい自分や理想に折り合いをつけて、社会の波にしなやかに向き合う反面、
理香、隆良、そして拓人はなりたい自分を曲げることができない。
そしてこの分断は就活の結果にもストレートに響いてくる。
映画の主人公拓人は一見全てを達観して何もかもわかっているようで、自分の根底にある演劇への歪んだ思い、未練は全く断ち切れていなくて、常にスマホで人のSNSをチェックしては「こいつ痛いわー」「サムい」などと馬鹿にしている。
彼の持っている万能感、「自分は全てを知っている」という全能感こそが、彼が無意識に演出したなりたい自分像だったのであろう。
「人脈広げるとかいうけどさ、ちゃんと生きてるものに通ってるから脈っていうんだよ。」
「頑張ってるアピールすんなよ。痛いわ」
そんな彼の口から放たれる言葉はとにかく棘まみれで私は思わず自分のツイッターのアカウントを見直して死にたくなってしまった。
でも映画の中で最も重かったのは、瑞月ちゃんの言葉だった。
彼女は就活始めた頃に両親が離婚して母親を支えて生きていかなければいけなくなった為誰よりも早く理想に折り合いをつけ、ならなければ
ならない自分になる必要があった。
彼女も国際関係に興味があって、留学までしたのに母親を支えていくために安定した大企業のエリア職の内定を取り就職を決める。
「そうやって考えたら就職ってほんと俺には向いてないって思うわ。いや、だって会社って結局。考え方が合うわけでもない人と仕事しなくちゃならないんだろ?10点20点のものを作ってお客さんに見てもらうなんてお客さんに失礼で俺にはできないわー」
という似非クリエイティブ男子隆良に対する彼女のセリフこそ、この映画の本質だ。
「10点でも20点でもいいから自分の中からだしなよ。そうしないと点数すらつかないんだよ。したこともないくせに自分は就職に向いてないって。自分をなんだと思ってんの?
どうせ会社勤めしてる人より自分の方が感覚が鋭くて繊細で感受性が豊かでこんな世の中じゃ生きづらいとかそんなふうに思ってんでしょ?でも、そんなあなたのことをあなたと同じように見てくれてる人なんてもういないんだよ!100点になるまで煮詰めてそれを表現したってそんな過程もう誰も追ってない!私たちはもうそういうところまで来たんだよ!」
大学時代は、なりたい自分になれる。
隆良はクリエイターになれた。
自分のやりたいことだけをやって、自分の納得のいくものを心ゆくまで追いかけた隆良のことを周りの人間もクリエイターとして見ていた。
それを自らの手で終わらせ就職を選ぶか、
それとも茨の道を選びクリエイターとして生きるか、隆良は選択をしようともしていない。
未だ大学生という立場に甘えて安全地帯から人の作ったもの、人の生き方にああだこうだ文句をつけているだけの隆良に向けられた彼女の言葉は痛烈に私の胸にも突き刺さる。
私はこのセリフを聞いた後急激に体調が悪くなった。
もうやめて、もうやめてー、って言いながら映画を見てる私を見て同居人は「ホラー映画を見てるのかと思った、」と言うが、これ以上のホラー映画は無いと思う。
瑞月のセリフに撃ち抜かれたのは私と隆良だけではなかった。
主人公の二宮拓人である。
彼も心の中で自分以外の全ての人を馬鹿にして皮肉っていて、瑞月の言葉に始めてそんな自分の存在に気がつく。
しかし、現実に折り合いをつけた瑞月にも苦悩がある。
「光太郎は自分の人生の中にドラマを見つけてその主役になれるんだよ。だから、いちいち現実のことを考えなきゃいけない私なんかが邪魔しちゃいけないんだよ。」
瑞月はバンドパリピ男子光太郎のことがずっと好きなんだけど二回告白して振られる。
そのことを拓人に話した時のセリフ。
瑞月は現実のことを考えて生きていかなければならなくて、それを選ぶしかない自分にコンプレックスを感じている。
なりたい自分を誰よりも早く捨て去って大人になったように見えた彼女の中に未だ残る大学時代の自分への未練があまりにも切ない。
しかし、あっさり出版社の内定を手にした光太郎のセリフはもっと痛い。
「内定って言葉不思議だよなあ。丸ごと自分が肯定された感じがするじゃん?結局俺ってさ足が速いとか料理ができるとかとおんなじで、就活が得意なだけだったんだよな。就活終わったけど何にもなれた気がしねえよ。」
とにかく誰もハッピーじゃない。
大学時代の終わりは誰にとっても悲劇なんだと思う。
だってその時間があまりにキラキラしていて、楽しくて甘いから。
何もかもが理想通りで、なりたい自分になれたのに、いきなりそれを全部取り上げられて社会の中に放り出されてしまう。
大学時代にはみんなが何かになることができた。
サークルの中に自分を見つけたり、ゼミの中で居場所を得たり、世界は無限に広がってるように見えるし、実際そうだった。
でも、大学を卒業した途端大学時代手に入れた自分を全て失い、何者でもない自分に向き合わなければならない。
この映画はそんな誰にでも降りかかる悲劇に似た恐ろしい試練を描いた私にとってはものすごく怖い話だった。
本来、何かになるということはとても難しいことなのだと思う。
だけど大学というものの中でだけはそれが容易になる。
大学時代というものはそんな素敵な魔法で満たされている人生の中の特別な時間だ。
でも、それはすぐに終わる。
あっという間に終わる。
その大学時代が終わって、また新しい自分を探し社会という広大な世界の中に自分の立ち位置、居場所、そして自分をみつけ何者かになることはきっと想像以上に辛くて苦しいことだと思う。
映画を見終わってしばらくおいおい泣いた私はおいおい泣きながらリクナビとマイナビを登録した。
大量のメールが届くようになった。
ゆっくりでいいから大学時代を終わらせていこう。
この人生において夢のような時間を綺麗に終わらせて行けるように手に入れた自分を一つ一つ捨てていこう。
身軽になろう。
大学時代の終わりは悲劇だけど、それは絶望ではない。
社会に出た後みつけた自分はきっと大学時代に作り上げた自分より強くて容易に壊れることはないだろう。
そう思ったらそれは悲劇ではないような気もしてくる。
とにかく、「何者」本当にいい映画でした。
90分と短いから是非見て欲しい。
特に、大学生には見て欲しい。
大学時代の青春の頂点の瞬間を描いた映画は多いけど、
青春が終わる瞬間をここまでリアルに痛々しく描ききった映画はなかなかないと思うから。
今大学青春真っ只中な二年生とか三年生も見て損はしない。
多分残りの大学生活の過ごしかたが変わると思う。
ただ。中国生活に浮かれきってる私にこれを見せてくる先輩は本当にサディズムの極みだと思うから、絶対に許さないけどね(ありがとうございました。)
そういうわけで、今日はこの辺でさようなら。